「美醜の基準」と「好み」は別物

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これはメールでご相談下さった方にもお伝えした事ですが、
人の好みは千差万別です。
私はイングリッシュブルドッグが好きですが、
あの犬種はお世辞にも「美しい」外見とは言えませんよね。
でも、愛好家はたくさん居ます。
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↑実母宅のブルドッグたち。
どんな美しいアフガンハウンドやプードルよりも、
私はブルドッグが可愛くてなりません
(猫も一般にブサイクと言われる子が好きです)。
コビトカバなどの珍獣も、なんて愛くるしいのかと思います。
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( 出典:http://do-butsu.com/ )
↑この座ったときのフォルムなんて、ブルドッグとの類似性を感じますよ。
 (もうたまりませんわ、この丸み…。
  妹には「姉は変な生き物ばかり集めてくる」とよく言われたものです)
「それは人間以外の話でしょ」と言われるかもしれませんが、
私はいわゆるイケメンにも興味がございません。
私の興味関心とは無関係に、イケメンと呼ばれる方に
プロポーズされた事はございますが、
そういう容姿そのものに特別心がかきたてられるとか、
ときめくという事はナイのでございます。
「綺麗かどうか」は、あまり愛される基準にはなりません。
もし貴女がモデル系の絶世の美女だったとしましても、
貴女が好きな男性が「俺は小柄なカワイイ系が好きなんだ」と言えば、
好みの対象外になる事もあり得ます。
また、前にも書きましたが、
「不幸な美人」など、履いて捨てるほど居ますよ。
女性はすぐ、「あの人は美人」「私は容姿が悪い」などと、
一般的な美の基準にとらわれてクヨクヨ悩んだりするのですが、
自分が好みだと言ってくれる男性を探す方が得策です。
私だって、いくら整った顔のスラリとした犬に懐かれましても、
球体に近いブルドッグを選びますし、
その犬がどう振る舞うかと、私の好みは、全く別問題ですからね。
「私は性格重視だから、外見は気にしない」
と言っているのではございません。
「容姿は美しくなくても妥協できる」のではなく、
一般に美しいとされない容姿自体が好み(愛しさを感じる)なのです。
(ちなみに、私はアトリエに通うような趣味を持っておりますが、
この「好み」と「造形として美しいと思うか」も別だったりします。
生き物と作品でも、焦点が異なります)

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